海にもなれない - 2/2

 

 別れ際、手のひらに灯された再生の炎は、とうに燃え尽き霧散していた。
 尤も、死にゆく体がどれほどの熱を感じ取れるのかも定かではない。それでも忘れ得ぬ命の温度が傍らにあるように思えるのは、なぜだろう。
 或いはそれを、愛と呼ぶのか。
 いずれにせよ――よかったと、そう思う。
 白鯨の船に揺られて育った不死鳥の加護が、人の理を外れた力へと覚醒することがなくてよかった。たとえば能力者の命を削っても、炎を分け与えられた者に強力な回復をもたらすような――今この時に、イゾウを蘇生するようなものではなくて。
 CP0と相まみえたのが、自分だけでよかった。悪魔の実の継承あるいは簒奪の術を、世界政府は確実に知っている。たとえ最優先の排除対象ではなかったとしても、目の前に現れたのが稀有なる幻獣種の能力者であったなら、果たして奴らは”会わなかったことに”しただろうか。

「許せよ、マルコ……。お前を、連れて逝ったりしたら……おれぁ、オヤジに殺される……」

 小さく袖を引いた指先の、伝えたかった願いをイゾウは正しく理解していた。何年一緒にいたと思っている。笑顔しか知らないようなあの快活なクソガキが、少しずつ少しずつ、しがらみと責任を背負い込み昔ほど笑わなくなっていくのを誰より近くでずっと見てきたのだ。
 最後まで盾として、果てるなら連れて逝ってほしいと――そう言いたくて、言えずにいるのだろう唇を塞いで。生きて戻ると、幼子でもわかるような嘘を吐いて突き放した。
 連れて逝きたかったに決まっている。
 未練と、その一言で片付けるにはあまりにも、この感情は醜悪だ。
 出会ったときの面映さも鳴りを潜めるほど、刹那の幸福に、常にどこか翳りが付き纏うような恋だった。
 帰っては来なかった主君。父と慕ったひとの体を蝕む病。裏切りと謀略に絡め取られ、守りたかったものも帰りたい場所も、なにひとつ守れず散り散りになった。
 支え合って生きているつもりでいたのだ。
 夜の静寂に、夕暮れに、朝焼けの中に――息を潜め二人、身を寄せ合うことでしか、上手に泣けないと気づくまでは。

(――ああ。けど……この戦いに、連れてくるべきじゃあ、なかった)

 置いて逝けばあの男の中で永遠になれると知っていた。
 けれど――それはどこか手の届かぬ場所で果てたと、真偽も定かでない風の便りに届くくらいでよかったのだ。命の尽きゆくまでの刻一刻を、味わわせたかったわけでは、ない。
 今もきっと、聞かせてしまっている。
 殆ど燃え滓のような鼓動が、少しずつ弱まりゆくのを。
 ビブルカードが焼け落ちて消える様を見るまでもなく、死体を目にするまでもなく、マルコはイゾウの死を知るだろう。
 疵を残したかったのも、永遠になりたかったのも本当だ。
 この先ほかの誰かを同じように愛してほしくはないし、生涯引きずってほしいとさえ思う。
 もう、戦場の只中で呆然と立ち尽くしていても助けてはやれないのに。
 その涙を拭ってやることもできないのに。

(本当に……馬鹿だ。今更気づくなんて)

 死して尚縛り付けたいと望むほど、この想いは歪に成り果てたけれど。恋慕う気持ちに気づいた少年の日、願ったのはただ――。

(……おれが、幸せにしてやりたかった)

 悔いたところでもう遅い。
 とうに視界は黒く塗り潰され、炎の爆ぜる音すらも遠く。
 イゾウは海に、帰れなかった。

 

fin.
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ようやくアニワンの方で二人の結末を見ました。アニオリで盛られなくてよかった~て安堵してもう一度見返したら「きっとイゾウもそう思ってる」とか台詞が追加されていて???人の心?????という衝撃で書いた話でした。
え……本当に何でそん……え……?と思いながら今もその原稿を書いています……?????