ヒーローズ・ラスト・メメント《web再録》 - 1/3

※未来捏造
※原作で亡くなった人は原作どおりに死亡
※捏造時間軸で名前のあるモブがそこそこ喋ります

 

 

 呪文が炸裂し、閃光が飛び交う。砂塵の舞う戦場を駆ける時にも恐怖を抱くことはなくなった。
 闇の帝王を打倒し死喰い人の残党も全員が法の裁きを受けたとはいえ、人々の心に巣食う凶暴性や選民意識が消えたわけではない。むしろ明確な指標を失ったからこそ、統制を欠いた状態での闇の魔術の暴走は多大な被害をもたらした。
 この十九年間、裏社会は暗黒時代の再来と呼ばれるほど無秩序と混沌を極め、闇祓い達の戦いが尽きることはなかった。
「プロテゴ・トタラム!」
 透明な魔力の盾を生成しながらハリーは地を蹴った。
「エクスパルソ!」
 敵の呪文に次いで大規模な爆発が起きる。爆炎と粉塵の渦に悲鳴をあげたのは、まだ入局して間もない者たちか。一、二、三――障壁の展開範囲から漏れている部下はいない――否、一人だけいる!
 戦線の前方に残された黒髪の女を視界の端に捉えたハリーは盛大に舌打ちをした。
「Damn it!」
 アビゲイル・マクダーモットはつい先日配属されたばかりの新人だ。元々の好戦的な性格に加え、初陣に浮き足立ち周りが見えなくなっていたのだろう。その結果、仲間の元へ帰る道を見失った。
「マクダーモット! 突出しすぎだ、さがれ!」
「……です」
「何だと?」
「無理です、ポッター局長……もう、わたし、わたしの、あしが」
 爆発により巻き起こった煙が晴れていく。いったい何が起きたのかと目を凝らせば、地面から伸びた茨によって部下の足が絡め取られていた。交戦の最中、双方の陣営が放った魔法の軌跡によって彼女の足下の石畳にはいくつもの罅が入っている。
 どうする、助ける手立てはとハリーが思考を巡らせ始めたその時、ドオン、と地面を衝撃が揺るがした。
「インセンディオ!」
「プロテゴ……!」
 大地を引き裂く攻撃を皮切りに、再び戦端が開かれる。陣形が乱れ混戦の様相を呈し、取り残されたマクダーモットを助けるために動ける人間は他にいなくなった。
「待ってろ! すぐに救助する!」
 ハリーがそう叫ぶのと、どちらが先だったのか。先程の地鳴りが決定打となり、彼女の立つ場所が崩落を始める。青褪めた顔にほんの少し安堵の色を浮かべ、部下は震えながら頷いた。
 唱える呪文は決まっていた。ウィンガーディアム・レビオーサ。
 今も続く友誼の始まりを形作った、ロンがハーマイオニーをあのトロールから救った時の大切な思い出だ。
 しかし杖を構え、詠唱を開始しようとしたその時。
「アバダ――」
 ――混戦の渦中、対峙した相手との決闘にかかりきりの別の部下へと向かい、背後から死の呪いを放とうとする敵の姿を見た。
 言い訳などできるはずもない。確かにその瞬間、ハリーは命を選択した。忌まわしい呪文を聞き終える前に武装解除呪文を唱え杖を振るのは、戦い抜いた激動の時代によって植え付けられた癖だった。条件反射で繰り出すその戦闘技術をもってして、救えた命は少なからずあった。禁じられた呪文が行使される前に、逮捕し収監することのできた反社会勢力がいた――けれど。
「エクスペリアームス!」
 確実に命を刈り取る呪いと比し、運が良ければ多少の怪我で済むはずだからと“助けない”ことを選択された誰かにとって、そんな功績は何の救いにもなりやしない。
 助かるという安堵からの急転直下、絶望と恐怖と初陣の動転から自身の身を守るための魔術行使をできなかったアビゲイル・マクダーモットは、重力に従い落下し、悲鳴のひとつさえあげることはなかった。

 ――――状況が収束したのは、それから数十分後のことだった。
 皆が沈痛な面持ちを浮かべている。ハリーが闇祓い局長に就任して以来、初めて殉職者を出すこととなった。
 物言わぬ骸となったマクダーモットに取り縋り、部下の一人が泣き叫んでいる。コンラッド・ジェヴォンズ。若手の中でエースと呼ばれる男だ。今度恋人も闇祓いとして配属されるのだと、照れ臭そうに笑っていた。その恋人が彼女だったのだろうと、悲嘆に満ちた光景を見て理解する。
 ――遺体があるだけいいじゃないか、弔ってやれるんだ。
 そんな醜い感傷が喉元で渦を巻いて、ハリーは自己嫌悪と自責の念で捩じ切れそうになった。
 この手で助けないことを選択した女の蒼褪め、二度とは目覚めない面差しが、雁字搦めの十字架に重く圧し掛かる。似ているのは、長い黒髪というそれだけだ。彼女が彼の人を思い起こさせる要因があるとしたら、自分が死なせてしまったという負い目に他ならない。
 殺したよ。また貴方の時みたいに見殺しにしたよ。僕を正しく英雄たらしめたあの六月のように――ねえ、シリウス。
「クソッタレが……!」
 震える拳で、ハリーは焼け残った壁を殴り付けた。彼の最期が残光となって瞼を灼いていく。肉片のひとつ、生きていた痕跡すら残さずベールの向こうへと行ってしまった名付け親の――最愛のひとの消え失せる様は、生涯背負いつづけると決めた罪だった。