小さなツリー飾りの周りを、衛星のように瞬きながら結晶が回っている。暗く重苦しい空気に満ちたグリモールド・プレイスの屋敷も、今だけは安らぎに彩られていた。
ふと指先に触れるぬくもりがあって、おもむろにハリーは隣を見る。こけた頬に少しばかり血色を取り戻したうつくしいかんばせ。作り物の宇宙が瞬きの色を変えるたび少年のように目を輝かせるシリウスの姿があって、ハリーはこれが夢なのだと気づいた。最後のクリスマスはお互い自分のことで精一杯で、相手を気遣う余裕などなくて、ただ穏やかな時間を過ごすことなどできなかったから。
手に入れられなかった幸福を、夢の中で取り戻そうとしている。ばかげた夢想だ。これまでに互いの誕生日やハロウィンも夢に見たことがある。それが――それがシリウスにとっても幸福な時間ならば、まだ救いようがあった。ピーター・ペティグリューが裏切らず、ルーピンとの間に軋轢が生じず、ハリーの両親が生きているもしもを夢に描いたならばどれほどよかっただろう。
しかしハリーが折れそうになるたび、英雄であれと望まれ選択した道行きに悩み苦しむたび見るこの夢は、そんなあたたかく哀しい郷愁などではない。
様々なものを喪い尽くして独りぼっちだった、あの日自分が置き去りにしたシリウスのまぼろしへと、ハリーは永遠に手を伸ばし続けているのだ。あの日に彼を救いたかったという独り善がり。
あの時の自分がもっと強ければ、彼を守れたかもしれない。
あの時の自分がもっと大人だったなら、同じように逝かせてしまったとしても、彼の心だけは守れたのではないか。
どれほど仮定を積み重ねたとて結末は永劫に変わらない。鮮烈に過ぎる魔法省神秘部の別離が、覆しようのない二人の終着駅だった。
「せっかくこうして会えたのに、あまり嬉しそうじゃないな。ハリー」
「……そりゃあね。あなたは未練なんて残さずに逝ってしまった。だから今ここにいるあなたは、僕にとって都合のいい思い出だ」
自分の願望と話したって虚しいだけだろ、とハリーは吐き捨てる。願望に過ぎないとしても彼に会えただけで嬉しいと、そう思えるような殊勝さはとっくになくしてしまった。
錆び付いた心は鉄に似ている。誰を喪い何を失くしても自分自身の幸福を諦めたことなどなかったが、根底に巣食う擦り切れた錆びは、いつかこの魂を蝕み罰を与えるだろう。
「そう感じるのなら、君は今でもあまり自分のことが好きじゃないんだろうな」
「何だって……?」
聞き返す声が剣呑さを帯びる。凪いだ瞳でシリウスは微笑っている。聡明で理知的なパール・グレーに時折宿る酷薄ささえ今ならば懐かしくて、けれどハリーはもう二度と、その眼を真っ直ぐに見つめられそうもなかった。
「私が君の思い出だと言うのなら、君は知っているはずだ。知らない記憶を人は思い描けない」
「僕が、何を知ってるっていうんだ」
「――私が確かに君を愛していて、信じていて、幸福だったことを」
知っている。そんなことは、蘇りの石が思い出を呼んだ時から知っている。あの森でひとつの決着に寄り添うように姿を見せてくれた人たちが――シリウスも、ルーピンも、両親も確かに自身を愛してくれていた。だから言葉を交わすことができて、自らの死を幕引きとする覚悟をハリーは確かめることができた。生き延び、未来を掴み取った今も確かな心の支えとなっている――けれど。
「詭弁だ、そんなもの……! 愛していたなら、信じていたなら! どうして僕にあなたを守らせてくれなかった!」
どれほど尊く得難い親愛の軌跡が存在したとしても、そんなものは、彼らに生きていてほしかったという願いにとっては何の救いにもなりやしない。
確かに彼らの死を受け止めはした。けれど受け容れられる日など永遠に来はしないのだろう。折れることなく目指した道を進み、部下を持ち、家庭を持ったとしても。あの日心の奥底が錆び付いて終わったハリーの少年の日は、生涯癒痛みつづける傷痕だった。
「仕方がないじゃないか。……だって、親は子を守るものだろう」
傷口を広げるばかりの陳腐な慰めを口にして、シリウスはただ名付け子の慟哭を見守っている。堪らず掻き抱いた彼の体からは、心臓の音がしない。ああ――都合のいい夢だというのなら、そんな現実を突きつけないでほしいのに。
「ずるいよ、シリウス……」
「知らなかったのか? 私は狡い男なんだ」
「……こんなふうに、生きていた頃のあなたに、縋り付いて泣くことができたら――すべてが終わるまで身を隠して、危ないことはしないでいてくれた?」
答えはわかりきっている。意味のない仮定だと知りながら、ハリーはその問いを口にした。きっと何度繰り返しても自分たちは、互いを思い合うからこそ手を取り合えずに、自身の綻びも拭えないまま、それでも家族でいたいと手を伸ばすのだろう。
「それは約束できないな。でも、君も同じじゃあないのか。本当はこんなこと、言うべきじゃないとわかってはいるが……君が私のためにと死地へ飛び込んできてくれたこと、うれしかったんだ」