chapter:epilogue
わたしたちだった、わたし。
姉を囚えて縛り付けていたその呪いが、わたしは大嫌いだった。ブラック家という集合無意識。とっくに潰えた幻想。何の救いにもなりやしない、愚か者の憐れな夢だ。
とても利己的な嘘をついた。英雄として闇の帝王と対峙した少年の生死について、虚偽の報告をした。行方がわからなくなっていたドラコを探すには、勝者として城に踏み込む以外に手立てがないと知っていたからだ。夫と、息子と共に生きて帰れるのならば――或いは死出の旅を共にすることになったとしても――どちらが勝とうが負けようが、もうどうだってよかったのだ。
わたしにとって大切なものは、ルシウスとドラコのいるささやかな日常だけ。
その揺るぎない想いを込めて、闇の深くに君臨する蛇のような男を裏切ったとき、ようやくわたしは解放された。生まれてから今日までわたしのことも縛り付けていた、ブラック家という檻の呪いを。
シシー、とわたしを呼ぶ声を想起する。
星の輝きに名を連ねることのできないわたしに少しも興味がなかったくせに、抱いたユメが立ち行かなくなってわたししか縋る相手のいなくなった、かわいそうな姉さん。彼女の束縛は時に煩わしくもあったものの、憎んでいたわけではない。本当にひどい女だったけれど、血も涙もない残忍なあのひとが、わたしの前では迷える少女のように傷ついた瞳を隠さないのは、とても気分がよかったのかも。
仄暗い優越感。恋にも似た背徳。
ああ――わたしの中にもたしかに、存在しているようだ。あの家に生まれた者に似合いの、苛烈で陰惨な支配欲が。
貴女を一番には選べないけれど、きっとこれも愛と呼ぶのだろう。
「……ばかね、姉さん。わたしはマルフォイ家の女よ」
言えるはずもなかった残酷な結論を、鮮烈に過ぎる黎明を見上げながら口にした。
結局わたしは、ベラトリックス・ブラックという女を見捨てたのだ。
「ナルシッサ! こんなところにいたのか……!」
「あなた。……ドラコも、ひどい怪我はなさそうね」
「一度ここを離れましょう。父上、母上。今はどちらに見咎められるのも面倒だ」
夫と息子に促されて渦中を離れる間際、凄惨な戦場と化したホグワーツ城を一度だけ振り返る。
土煙をあげ泥に塗れたかつての学び舎の成れの果ては、はれやかで残酷な終焉の日に、この上なく相応しいと思えた。
-fin-