chapter:5/約束は冬に
ずっと思っていた。ベラトリックス・レストレンジというひとを殺せるほど自分は強くないけれど、ベラトリックス・ブラックという女を見捨てられるのはナルシッサ・マルフォイだけなのだと。
雪の降りしきる、或る冬の日のことだった。
ホグズミード村の表通りを、ナルシッサは姉とふたり歩いていた。ここのところ人目につく形で力を誇示することが多くなってきた”彼ら”の活動、その下見に同行するという名目である。火を放つにはどこそこから……という物騒な独り言を、ナルシッサは聞かなかったことにした。彼らの思想に共感はする。夫と姉が関わりを持つのならば支援もする。けれどそれだけだ。何より大切な家族が危機に晒されでもしない限り、望んで最前線に立ちはしないだろう。
週末の村は人出が多く、それこそホグワーツに通う学生たちで賑わっている。闇に沈んでいく世情など何も知らないかのように笑い、歌うように踊るように級友たちと並び歩く彼らの姿は、自分たちとは違う世界の住人なのだと思えた。真綿、或いは繭でできた箱庭で、呼吸の仕方がわからず喘いだことなどないはずだ。
「……ねえ、シシー。おまえはここを、あの子ども達のように歩いたことがあるの」
喧騒に眉を顰めるばかりだったベラトリックスが、ふと、そんな疑問を口にした。彼女の凪いだ視線の先には、手をつなぎ寄り添って歩く男女の姿がある。
この街を訪れることを禁ずるような家の教えはなかったが、一日も早く確固たる強さを手に入れたかった姉には縁遠い場所だったのだろうと容易に想像ができた。雪の降る街を仲睦まじい様子で歩く学生たちを、ルシウスとナルシッサに重ねて見ているのだろうということも。
「ええ……学生の頃にね、一度だけ。どうしてもとルシウスにねだったのよ」
実際、そのとおりだった。
普通の恋人同士がすること、順当な恋愛関係の築き方、そんな当たり前を知りたがったナルシッサに、ルシウスは根気よく付き合ってくれたものだ。はじめから互いが最上だった二人にとって、いまさら恋人ごっこで試したところで変わるものなど何もないのだから。
ナルシッサの答えに納得したのかしていないのか、「そう」とだけ呟いて姉は微笑った。
珍しいこともあるものだ。嘲笑でも、酷薄に誰かを突き放すでもなく、ただ彼女が笑うだなんて。
感傷をごまかすように、ナルシッサはひとつ頭を振った。
やがてどちらからともなくかじかんだ指先を重ね合わせ、ふたり手をつないで歩いていく。真っ当な姉妹のようなその戯れに興じるのがもっと早ければ、いつか訪れる別離は穏やかなものになっただろうか。
「おまえはいったい、誰の味方なのかしらね」
「ばかね、姉さん。そんなこと言うまでもないじゃない。わたしたちは家族よ。……いつだって、あなたの味方だわ」