白日と常世
正史死別後
限界を超えて能力を行使した体に、不可逆的な生命力の減少が生じていることには薄々気づいていた。あの戦いで負った傷は治りきらず、日に日に、眠っている時間が長くなる。
――当然だ。この身に宿した力は、ほんとうの奇跡なんかじゃない。ただ伝承に残る幻獣を模しただけ。
再生を後回しにして致命的な動脈閉塞に陥った両目の視力は戻らなかった。
遺体に取り縋って泣いても、ただただ溢れるばかりの水滴に誰かを蘇生することなどできやしない。
きっと、いつか、そう遠くない未来。眠りに落ちれば二度と目覚めない日が来るのだろう。死を恐れるような殊勝さはとうになく、生への渇望も色褪せた。怖いのはこの実の力が、健やかにあってほしい誰かの妨げとなる者に渡ってしまうことだけで――けれど、それも彼らなら乗り越えると信じている。
うつらうつらと胸中で反芻しながら、夢へと落ちていく。洗い替えだなんて言ってこの家に置いて行った藤色の薄衣に包まって。本当はこれも、あの男が故郷に骨を埋めた時点で、這ってでも返しに行くべきだった。三十年も貰ってしまった時間の一端。肉親や昔からの知己の方が、ずっとずっと苦しいことくらいわかっていた。
「……でも。できねえよい」
ここは暗くて、冷たくて痛くて。たったひとつのよすがさえ手放した先で、夢で会うことも叶わなくなるのが怖かった。
「ごめんな……ちゃんと、手放してやれなくて……」
濡れた瞼を、よく知る指の形がそっと拭う。短筒と刀の痕が硬く厚くなった、てのひらの感触をまだ憶えている。
幻と消えてしまうのが嫌で、夢の中でさえ開けたくない目を恐る恐る開いて、生前と変わらぬ面差しがそこにあることに安堵する。
眉を下げて、少し困ったような笑顔。キスをする前に、こんな自分をいっとう大切な宝物のように慈しむまなざし。
「――」
名前を呼んでくれる声が聞こえない。あんなに近くにいたのに、真っ先に忘れてしまったから。
――ああ、そうだ。生きていてもいいと思える理由が、まだひとつだけあった。死して堕ちる先はきっと地獄で、愛したひとたちとは行けないから。こんな都合のいい夢を慰めとできるのは、生きている間だけ。
でも、どうか、すべてを忘れて、もう何かもわからない空想に抱かれまどろむその前に。
「はやく……消え、たい……」
泣き言と共に目を伏せる。強く掻き抱かれて白檀が薫る。いつもと同じ、夢の終わりが近づいた合図だ。
指先に口づけを落とした、真っ赤な紅を引いた唇が「またな」と言葉を形作る。
連れて逝ってとあのとき、今、言えたら。