命を乞う/蒼に還る
(正史死別)
命を乞う
「――……愛してる」
生涯、告げるつもりなどない言葉だった。いずれ仇を討って死ぬのだろう男の重荷にはなりたくなかった。芽生えて、花開く前に散った十代の恋。心残りが少ない方が、せめて笑って逝けるだろうと――ずっと抑えてきたのに。
「生きて、帰って来い……」
気づけば去りゆこうとする背に縋り、言葉が、涙が溢れ出していた。この涙にも、指先から灯す炎にも、他者の命を永らえさせる力などなくて。ただ呪いを残しただけの愚か者へと、覚悟を宿した琥珀の瞳が振り返る。
「……ああ。生きて、帰るよ。お前のところに」
その言葉は嘘だとわかっていた。
ほんの数瞬、祈りのように触れ合った唇の――未だ命を持つ温度だけが、ほんとうだった。
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蒼に還る
「――……愛してる」
あと二十年早く、その言葉を聞いていたら。捕まえて、閉じ込めて、決してその手を離さなかった。修羅の道、黄泉路の果てでさえも。皆に生きてくれと望まれたその命を、惜しみなく共に懸けただろう。
「生きて、帰って来い……」
縋りつく指先から灯る炎にも、はらはらと項へ落ちる涙にも。人智を越えた加護を宿すほどの力がないことを知っている。自分たちが”そう”させた。あの船に乗る誰ひとり、父も兄弟たちも、この男が人の領分を踏み外して戻れなくなることを望まなかったからだ。
「……ああ。生きて、還るよ。お前のところに」
真実と嘘を織り交ぜて、焦がれつづけた唇を奪う。
骨も残らず体が朽ちようとも、きっと魂だけは帰り着く。いつか睡る海と同じ、目の覚めるような――かなしく青い炎のもとへ。