束の間の春
(ハルタ視点/モビー健在軸)
「うわマーキングえっぐ……」
――しくじった。
少年の心を持ったオッサンどもが隙あらばふざけるせいで甲板掃除が長引き、船室に引っ込むタイミングを逸したハルタは顔を顰めた。何があったかといえば、たった今口をついて出た通りである。
島の女とよろしくやった連中のニヤケ面にはウザいな以上の思うところはないのだが、好き合う二人が揃って外泊してきた翌朝というのは中々に破壊力が強い。
春島の夏だというのに上まできっちり留めたボタン、厚手の上着、その上からは彼シャツならぬ彼羽織。――隠し切れていない鬱血の跡と、しっかり者と名高い長兄が手を引かれながらふわっふわで歩く姿。
「……はあ。身内のそういうのキツイな」
とはいえ、こんな明日をも知れぬ稼業だ。この船の家族には悔いなく健やかに過ごしてほしいと、口には出さずとも願っているわけで。多少のアレな絵面には目を瞑ろう。自分もいつかは、あの二人をヒューヒュー冷やかしながら酒を飲むダメな大人たちの仲間入りを果たすかもしれないし――すごく嫌だけど。
たぶん、きっと、おそらく。十六番隊を率いている方の兄弟は、自分よりタッパがデカくておんなじ歳のつがいの鳥を、触れれば溶けて消える砂糖菓子か何かと勘違いしている。
そうでなければ怖いので、ハルタはそう思うことにしていた。