chapter:2/どうか名付けないで
ペンダント居住館の居室に、荒い息遣いが響く。
「はあっ……ハ、けほ、は……あ……っ」
浅い呼吸と乾いた咳とを繰り返して、ブランケットを手繰り寄せることもままならず、冒険者はひとり、広すぎるベッドで苦しみ悶えていた。
最初の大罪喰いの光を取り込んだ時には、己の行き着く先をわかっていたように思う。あのときスリザーバウで、ヤ・シュトラとウリエンジェの話を盗み聞きするまでもなく、いずれ答えに辿り着いただろう。もとより冒険者は、人一倍、エーテルに対する感受性が鋭敏だった。
アム・アレーンの空を白く濁らせていた大罪喰い・ストルゲーの光を取り込んで以降、いよいよもって体内エーテルの均衡は大きく崩れ始めていた。
体組織を内側からめちゃくちゃに掻き回されるような激痛が、意識のあるあいだじゅう続く。
耐性を付けるために毒を飲んだ時の苦しさなど、比ではなかった。いっそ殺してくれと叫びたくて――。
「テス、リーン……あなたもこんな気持ち、だった……?」
――抗って、藻掻いて、それでも呑まれてしまった彼女を思い出す。涙のような何かを、眼窩の虚から垂れ流して飛び去った彼女の成れの果ては、ホルミンスターでアリゼーに討たれた。
わたしが化け物に成り果てたら、誰が殺してくれる?
そんな問いばかりが浮かんでは、激しい頭痛に掻き消されていく。
水晶公を、信じていないわけではない。己の推論が正しいのならば、彼はきっと、遠い未来に置き去りにしてしまった友人だ。自惚れでなければ、彼も自分を友人だと思ってくれているだろう。
けれど――それは、世界のためにたった一人を切り捨てない絶対の理由にはなり得ない。最終的な対処、というのが冒険者を人柱とする方法ではなかったとして、それが成功する保証もないのだ。
「う――ぶ、げほっ、が、はッ……」
猛烈な吐き気に襲われ、口から出たものは、食べ物でも胃液でもなかった。ラケティカ大森林での討伐を終えた頃には味がわからなくなっていたから、殆ど食事は口にしていないが、それゆえ――というわけでもなく。
白い、おぞましいほど白い、濁った光を放つ何か。
それが霊極性エーテルを凝縮した塊だということを、嫌でも理解せざるを得ない。
表面上はまだ人間の姿形を保っているが、中身はもうとっくに、埒外の化け物へと変貌しているのかもしれない。
――もう、だめなのかな……。
そんな弱音が、胸に巣食う不安と絡まって、鉛のように全身が重たくなりはじめたとき。
「これはこれは……随分と酷い有様じゃないか、英雄様」
うたうように、皮肉を紡ぐ声。
突如として空中に生じた次元の裂け目から、そのひとは姿を現した。
「エ、メト、セルク……」
こんなときに嫌味を言われても困るとか、勝手に部屋に入られて、あまつさえ弱っている姿を見られたくないだとか、言いたいことは沢山あるのに。
「だめ……わたし、もう、だめかもしれない、から……」
譫言のように冒険者が口にしたのは、そのどれでもなく、彼の身を案じる言葉だった。
「だから来ないで……殺し、ちゃう……」
どのみち最後には、わかりあえず殺し合う敵となるかもしれない。この身が光の化け物へと堕ちたところで、アシエンである彼には傷ひとつ付けることはできないかもしれないけれど――それでも、痛いことには変わりない、はずだから。
第一世界の傾いた極性に当てられて、あんなにも苦しんでいた姿を忘れられない。不滅なる者であるはずの人が、あれほどまでに苦痛を感じるのだという恐怖。それから、なぜだかわからないけれど、傷ついてほしくないという感情が込み上げて、手を差し伸べずにはいられなかった。
「ハァー……まったく……こんなになってまで他人の心配か? 献身も行き過ぎると狂気だぞ」
嘲笑だとか失望だとか、そんな反応をされるとばかり思っていたのに、冒険者に苦言を返すエメトセルクの表情はひどく辛そうだった。
一歩、また一歩、芝居がかった仕草でゆっくりと、彼が近づいてくる。だめなのに、殺したくないのにと、距離が縮まるごとに体は硬くなり、息が苦しくなって。
「……助けてやろうか」
すり、と――手袋に覆われた大きな手が頬を撫でた瞬間、嘘みたいに全身の痛みが和らいだ。触れられた皮膚が少しだけひりつくのは、おそらく、体内に渦巻くものと相反する星極性のエーテルを感知しているためだ。
「たす、ける……?」
「この前の『治療』を、今度は私が、お前に施してやろうと言っているんだ」
治療、と言うのはあのエーテル交感のことか。
異なる極性同士で傾いたバランスを中和させる――そのためには性交渉による体液の交換と、精神の感応が最も効率が良いのだと言われて、冒険者はこの男と褥を共にした。
あれ以来エメトセルクが不調に苦しんでいるような姿は見かけないので、『治療』に効果はあったのだろう。
「でも、この前だって、わたしも助けてもらったよ……? 怖くなくて、気持ちいいこと、たくさん……」
とはいえ、あの触れ合いの間ずっと、冒険者はただ翻弄され、気持ちがよくて、蕩かされてわけがわからないままで、ひとりで気を失ってしまった。そのまま翌朝まで眠ってしまい、目覚めた時には体もベッドも服も、何もかも綺麗に清められていたのだ。
最初から最後まで優しくされて、トラウマを拭い去ってくれて、どう考えても自分の方が多くを貰っている。なのにまた貰いっぱなしになってしまうのは、とても申し訳ないことだと思えた。
「まあ、こちらとしても、こんな道半ばで裁定が終わるのは不本意だからな……それで貸し借りは無しだ」
――本当に? わたしが斃れれば目障りなハイデリンの使徒がいなくなって、この世界は遠からず統合されるのに?
また一方的に貰ってしまうだけのような気がする。そう思いながらも冒険者は、自身の抱いた欲求に、抗うことができなかった。
「わた、し、まだ……しにたく、ない……」
体を滅茶苦茶にされる苦しみから、解放してほしい。
絶望も恐怖も痛みも何もかも忘れてしまうくらい、気持ちよくなりたい。
あさましさを恥じて熱くなる頬を、手袋を外したてのひらが再び撫でる。
「……触れていいんだな?」
「う、ん……おねがい……あなたの、」
エーテルが、たべたい。
殆ど吐息のようにけだものじみた欲望を囁いて、気づけば自分から、口づけていた。
けれど――すぐに怖気づく。この前はキスなんてしなかった。唇と唇を重ね合わせて、そこからどうすべきか、などわからないし、それは特別な相手にだけ許すものだと撥ねつけられるかもしれない。
「ぁ……ご、ごめんなさ――」
しかしそんな不安に駆られた冒険者に与えられたのは、冷淡な拒絶ではなく未知の快感だった。
「ん、んん! んぅ、ふ、あ…ん、ん……!」
唇を抉じ開けられて、ぬるりと舌がはいってくる。驚いて無防備にひらいた歯の裏側、口蓋、頬の内も余すところなく舐め取られて。
「ん、う…んく、んあ……んっ!」
やがて囚えられた舌は、絡め合うというより殆ど、包み込むようにされて、そんなところにまで体格の違いを自覚させられる。頬から首へ、鎖骨へ、そして胸元へと滑り落ちコルセットを緩めた大きな手は、片方だけでも胸を揉むのに事足りて、なのに両の手で丁寧に、壊れ物を扱うみたいに触れてくるのだ。そんなふうに、心底大切みたいにされたら、また簡単にぐずぐずになってしまう。
「ぷあっ……あ、ん、それ、だめっ」
ぴん、と敏感な粒を弾かれて背が仰け反り、唇が離れる。
初めて触れられた時と同じ。胸を揉みしだく手が巧みに下着をずらしていって、いつのまにか服越しに乳首を愛撫されている。
「ふむ……だめ、か? 触る前から硬くして……触ってほしがっているようにしか見えないが……」
「ん、く……あうぅ、ふ、う……」
耳元で、息を吹き込むように囁く声が、羞恥と快感を煽り立てる。この前のたった一度、初めてまっとうな性行為をした一度だけで、性器でもないそこをこんなにも過敏に作り変えられてしまった。まだ触れられていない下が、とろりと濡れていくのがわかる。
「本当に駄目なら――教えただろう? お前がその言葉を口にしたら、どんな状況でも、私はそれ以上何もしない、と」
ぴたりと手を止めて、エメトセルクが問いかけてくる。親切と意地悪とが半々のような、表情と声色だった。冒険者の過去を慮ってくれているし、その上で、冒険者が乳首への刺激を絶対に拒めないこともわかっている。
「……だめ、じゃ、ない……もっと、もっとここ、いっぱいしてほしいの……っ」
結局、自ら服をずり下げ胸元を露出させながら、冒険者は懇願をした。
「ひ、んッ……んぁ、あ、あん……!」
今度は直接抓まれて、指の腹で押し潰すようにくりくりと捏ねられて脳髄が甘く痺れる。はしたなく身悶える冒険者を見下ろすエメトセルクの面持ちは、この関係を甘やかなものだと勘違いしてしまいそうなほど優しい。
ララフェル族である自分にとって、それは同族以外の殆どすべてに当てはまるが――レイプされてからずっと、大きい種族の男性が怖かった。大切な仲間であるはずのサンクレッドやウリエンジェ、フォルタン家の人々でさえも、傍にいても萎縮しないようになるまでには時間がかかったし、ゼノスと刃を交えるたびに恐怖で逃げ出したくなった。
――なのになぜ、この人のことは初めから、怖いと思わなかったのだろう?
根本的には敵対しているから、殺されることはあるだろうと思った。けれどそれ以上に恐ろしいこと――尊厳を踏み躙られ慰み者にされるようなことだけは絶対にないと、そう直観したのだ。
理屈ではなく本能で、信頼して良いと知っているような、そんな不思議な感覚がして――。
「考え事とは、随分と余裕だな」
「ひゃうっ! や、な、なに、ひぁあっ!」
ぬるりと何か温いものに撫でられて、よそごとに気を取られていた脳が、一気に快楽へと叩き落される。見遣ればいやらしい粒はてらてらと濡れていて、そこを男の、あかい舌が這っている。
「やっ、うぅ、あ…っ、それ、はずかし……っ」
乳首を舐められている、と気づいて、冒険者は顔から火が噴き出そうになった。恥ずかしくて堪らないのに、溶けてしまいそうなほど気持ちがいい。
「ひ、だめ、きもちい、とけちゃ…あうっ、もっとぉっ」
柔く唇で食んで、音を立て吸い上げて、舌先でころころと転がされて。溶けてしまいそうな悦びからようやく解放されたかと思えば、唾液に塗れてぷっくりと腫れたそこを指で捏ねながら、もう一方を舐られる。
「駄目なのか、もっと、なのか、わからないな……どちらが本音だ?」
「あん、だめ、え、だめなのっ……」
わけもわからずに冒険者が口走った、矛盾した言葉の真意など、わかっているくせにエメトセルクは問うてくる。今度は愛撫を止めずに、硬く尖った粒に歯を押し当てながら。
「あ、あっ……だ、め、ちくび噛んじゃ、~~っ!」
あの言葉を言わない以上、それは懇願と同じだった。
軽く、本当に軽く歯を立てられた甘い痛みで、頭が真っ白になって、下腹部がきゅううとせつなくなる。
「はっ……はあっ、あ……や、みな、いで……」
「それはできない相談だな……」
胸だけで、達してしまった。その余韻にひくつく秘所も、ぐっしょりと濡れた下着ごとショートパンツをずり下ろされて、彼の目の前にさらけ出された。
「……小さいな、本当に」
「ん、く……あ、ふ、ぁあっ……」
ごつごつとした指が、形を確かめるように膣口を撫でるたびに、粘度の高い体液が糸を引く。中に入ってこようとはしないその指の太さはやはり、かつてそこに存在した膜を簡単に破いてしまいそうなほどだ。
「あ、なたが、よかったな……」
「? 何が……」
指だけで破瓜するなら、このひとがよかった――そんな思いが、胸を締め付ける。
「処女、あげたかっ、た――きゃうっ」
こぼれた弱音を咎めるようにきゅっと肉芽を抓まれて、また軽く達した。
「ご、めん……嫌だ……った……?」
怒らせてしまっただろうか。何かを堪えるような苦しげな表情で、エメトセルクは冒険者を見下ろしている。
「……嫌ではないし、据え膳は有難く頂くが。そこまで煽った責任は取ってもらいたいところだな」
そう言って、寛げられた軍装からソレが覗く。硬く隆起して上を向き、血管の浮き出た男性器が。アシエンにも当たり前に感情があるということは、当たり前に肉欲があってもおかしくないということを――冒険者は今の今まで、理解しきれていなかったのかもしれない。永遠に近い時を生きる彼らの性質を、精霊だとか幻獣だとか、そういったものたちのようだと、敵ながらどこか神聖視していたようだ。
「大、きい……は、はいるかな……」
ぴとりと、陰唇に押し当てられて、恐怖が込み上げなかったと言えば嘘になる。充分に慣らしても裂けてしまったら、すごく痛くて、熱が出て、もう子どもは望めなくなった臓器が、次はどんな機能不全に至るのか――と。
それでもこのひとの欲望を知りたいと、相反する思いに身動きが取れなくなった冒険者の頭を、エメトセルクはそっと撫でた。
「挿れないさ――今は、まだ」
「今は……って、また次が、あるの……?」
次――次はいったい、何の治療で、どちがら何の対価を払うことで貸し借りが無しになるのだろう。まったく想像もつかないし、きっと次など望めぬような、激動の中を駆け抜けることになるだろうけれど。
「嫌か?」
「ううん、好き……エメトセルクとこうするの……」
心地よくて、ずっと触れていてほしくて、ほかに何も考えられなくなっていく。あの日この手に掛けた男たちの言ったことを、馬鹿馬鹿しいと思い続けてきたのに。
――このひとの手で、鎧を剥がされて、ただの女になりたいと思ってる……。
「ハ……そういうところが、魔性だと……っ」
「……?」
うつ伏せにされて、閉じた脚のあわいに再度、その熱量が触れる。
「っう、あ……あ、」
それは約束どおり中を穿つことはなく、代わりに、ぐずぐずに濡れた膣口をぐちゅりと擦り上げた。
「あぁうっ! ひ、あ、あぁっ、あ……!」
指でされるのとも、口でされるのとも全く違う刺激に、冒険者は身も世もなく喘ぐ。襞を掻き分けてはぬるぬると蜜を掬って塗りたくるペニスの、それ自体からもとろりと粘液が滴り、際限なく股が濡れていく。
「拭っても、拭っても溢れてくるな……」
「んあっ、あ、ら、めっ、クリつぶさな、れッ」
時折気まぐれに、いちばん硬い亀頭の部分が花芯を押し潰して、まぶたの裏で火花が散る。ぱちぱちと爆ぜる間隔が次第に短くなって、常に視界が白んでいるような多幸感がとめどなく押し寄せた。
「あっ、ひぐッ、うぅう、らめ、えっ……! も、いってぅ、イって……っイ、くの、とま、なく、なっちゃぁあ、あ~~……っ!」
「いい、ぞ……そのまま、 何度でもイってみせろ……ッ」
がくん、と体中の力が抜ける。ベッドに崩れ落ちた冒険者の、閉じていられなくなった脚の間を、変わらず肉棒が擦りつづけている。
「きもち、い、きもちいい、よぉっ、ぁ、やあっ、も……らめっ、エ…メ、たすけ、て、ああんっ!」
ふわふわと現実味をなくした快楽の中で、時折思い出したように乳首を弄られると、ひときわ甲高く甘ったるい嬌声が口からこぼれた。
「っ……ぐ、」
「ぁ、ん――……は、んぁあ……」
低く呻く声が耳朶を擽り、瞬間、粘ついたものがどろりと大腿を滴り落ちる。ようやくとめどない波から降りてこられたと思った冒険者は、しかし息つく間もなく、その温い情欲を浴びてまた軽く達してしまった。
「はぁっ……は、ん……んうっ」
抱き寄せ、顎を持ち上げられて、啄むような口づけが降ってくる。しとどに濡れた膣に触れたままのエメトセルクの剛直が、吐精したばかりとは思えぬほど再び硬くなって、冒険者はそのことが、泣いてしまいそうなくらい嬉しかった。
「まだ、いけるだろう……?」
「うん……もっと、ちょうだい……っ」
体内に抱えた無尽光の苦痛など、とっくに中和されきっている。それがいつからだったのかも冒険者はわからなくて、きっとエメトセルクは知っていて――それでも気づかない振りをして、互いの熱に溺れていく。
ただ、高め合うためだけに。まるで想い合う者同士のように優しく、深く、強く。
このひとの傍にいると安心する。
そう、慕わしいとさえ思っている。
あたたかくて、力強くて――なのに。
いっそ残酷なまでに優しく、この身を掻き乱した男の胸からは、心臓の音がきこえなかった。